大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1382号 判決 1961年12月19日

控訴人 松方幸輔

被控訴人 国

訴訟代理人 河津圭一 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金五十万円を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴人指定代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、認否、援用は、控訴代理人において、

一、(一) 控訴人は昭和二十六年六月十四日以来社団法人日本技術士会に所属する技術士として技術士の称号の下にその事務を遂行して来た者であつて、技術士の称号とこれに伴う業務内容とはいわゆる不即不離の関係にあるものである。殊に外国関係の技術の導入を主として取扱う控訴人においては技術士の称号を使用できうることによつて、外国関係の技術導入の大部分の目的を果し得るといつても過言ではない。又外国抜術の国内導入については外国人は技術士に依存する度合は日本人の比でない現状においては、控訴人が従来永年に亘つて技術士として外国人間に築き上げた地盤業績を一片の技術士法により奪われることは、控訴人が従来有していた技術士の職業の自由を奪うものであつて、憲法第二十二条に違反する。

(二) 原判決は、憲法第二十二条は公共の福祉に合致する限り職業選択遂行の自由を制約することができ、技術士法第三十九条は科学技術の向上、国民経済の発展という積極的な国民の総合的福祉を計るために必要にしてやむを得ない規定内容を-有する条項であると判断しているが、果して然らば技術士法施行前の技術士と、同法施行後の技術士とに逕庭があるだろうか。国が従前の技術士の称号使用を禁止してまで技術士法を施行する必要がもしありとすれば、何故技術士の名称にこだわる必要があるのであろうか。技術士以外の新たな名称をつければ直ちに解決されるべき問題である。

(三) 原判決は技術士法が昭和三十二年八月十日施行され、その後約一年後の昭和三十三年八月三十一日までその名称使用の継続が許されたことをもつて恰も充分補償されたと判断しているが、これは形式論であつて、控訴人を含む昭和二十四年八月以降旧技術士会により使用された日本技術士会の「技術士」なる名称は、旧技術士会員の努力による業績に基き広く宣伝されたものであるから、商標に準ずる無形財産である。技術士法では同一業務が禁止されないとはいえ、国家が公権力により試験合格者にその前使用者の称号使用を許し、且つ従前の使用者の使用を厳禁したのであるから、その使用厳禁に対しては具体的に充分の補償をするのが民主国家としてのとるべき道と確信する。

(四) 技術士という名称を独占せしめる技術士法が他の国家試験制度と本質的に異なるのは、他の国家試験においては合格者にのみ一定の資格を付与するにあたり、その国家試験法の存在以前には、そのような資格自体及びその資格に伴う事業は存在していなかつたことである。然るに技術士の名称及びその使用に伴う事業は、技術士法の施行以前から特定人の職業それ自体として存在していたものであり、法律の施行により既存の特定人の職業を剥奪することは職業の自由を規定する。憲法の規定に違反するものといわなければならない。従つて技術士法第三十九条は控訴人に対する関係においては違憲であつて無効である。してみれば、本来適用することのできない技術士法を控訴人に適用して試験を強要せしめたことは違法である。

二、(一) 本件の技術試験の口頭試験の席上、受験者と試験委員とが過去の論争について触れたことは証拠上明らかで、受験者の過去の経歴を知るために、一試験委員がその事実を他の試験委員の面前で指摘することが受験者に不利であるか有利であるかはその立場により異なり、受験者に有利でないことは明らかである。いやしくも公平であるべき試験において一試験委員が主観的に厚意のつもりでその事実を持ち出したとしても、他の試験委員が立会つている場合その受験者への客観的影響が受験者の出来栄えを左右することは明らかで、試験委員斎藤美鶯の口頭試験における行為は少くとも公平な試験委員としての立場を逸脱した故意、過失に該当し、右斎藤美鶯を試験委員として任命した当時の科学技術庁長官三木武夫はその選任監督を誤つたものであるから、国家賠償法により国は賠償の義務を有する。

(二) 判決は、被控訴人の実施した試験に不正はないとしているが、この判断は次の理由により違法である。

控訴人に対して被控訴人の実施した試験は林業部門林産課目であるが、この課目についての試験は実質上に行なわれず、むしろ右の試験とは無関係な控訴人の個人的生活に関する事実にすぎず、その結果実質上試験が不存在であつたのであるから、このような事実の下で控訴人に技術士の名称を付与しなかつたことは違法であるといわなければならない。 とかように主張した外、

すべて原判決の「事実」の部分に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

按ずるに、控訴人が昭和二十四年八月以来技術士の称号を使用して技術士としての業務に従事して来たこと、昭和三十二年五月中旬当時の科学技術庁長官三木武夫および内閣総理大臣岸信介が、その第三十九条において技術士でない者が技術士またはこれに類似する名称を使用することを禁止する技術士法(昭和三十二年法律第百二十四号)に主任国務大臣または内閣総理大臣として署名し、右技術士法を同年八月十日から施行させたこと、そのため控訴人が同法に基く技術士試験に合格しなければ技術士の名称を使用して営業することができなくなつたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

(一)技術士法第三十九条が憲法第二十二条に違反するか否かの判断

技術士法第三十九条が「技術士でない者は、技術士又はこれに類似する名称を使用してはならない。」と規定し、同法第二条には、この法律において「技術士」とは、第十四条の登録を受け、(同法第八条により本試験に合格した者は技術士となる資格を有し、技術士となる資格を有する者が技術士となるには第十四条による登録を受けなければならない。)技術士の名称を用いて、科学技術(人文科学のみに係るものを除く。)に関する高等の専門的応用能力を必要とする事項について計画、研究、設計、分析、試験、評価叉はこれらに関する指導の業務(他の法律においてその業務を行なうことが制限されている業務を除く。)を行なう者をいうとの定めがあり、同法第四十一条第三号により第三十九条の規定に違反した者に対しては罰則をもつて臨んでいるのであるから、同法第三十九条は技術士以外の者が技術士の名称を使用することを禁止し、同法第二条にいう技術士のみが技術士の名称を使用し得ることを明らかにしたものではあるが、同法中には技術士でなければ同法第二条に定める業務(以下単に技術士としての業務という。)に従事することができない旨の規定がないのである。従つて同法第三十九条は何ら技術士でない者が技術士としての業務と同一又は類似の業務内容を有する職業を選択遂行することを妨げるものではないから、これをもつて職業選択遂行の自由を剥奪又は制限するものではないのみならず、右規定によつて技術士又はこれに類似する名称を使用することができない結果として、技術士としての業務と同一又は類似の業務内容を有する職業を選択遂行する自由が事実上制約されろことがあるとしても、技術士法は同法第一条に定められているように技術士の資格を定め、その業務の適正を図り、もつて科学技術の向上と国民経済の発展とに資するために制定せられたものであつて、科学技術の発展が極めて要望されている現在の我が国情において、科学技術の向上と国民経済の発展を計るためには制度としての技術士に権威と信用を与えて技術士というものに対する社会的認識と信頼とを深め、もつて公権的に技術士制度を確立し発展させる緊急の必要がありそのためには技術士の資格を定めて厳正な国家試験を実施し、技術士の名称にふさわしい真に科学技術に関する高等の専門的応用能力を有する者をもつて技術士となし、かかる者に対してのみ技術士の名称を独占使用することが必要不可欠であると考えられたからである。従つて技術士法第三十九条は科学技術の向上と国民経済の発屋に資するため必要にしてやむを得ない規定であるというべきである。而して又控訴人らの如く技術士法施行以前から既に「技術士」という名称を使用して来た者に対する関係においては、同法附則第三項に定めるように同法施行の際現に技術士又はこれに類似する名称を使用している者は、同法第三十九条の規定にかかわらず、昭和三十三年八月三十一日までは、なお従前の名称を使用することを妨げないのである。而して同年九月以降においては、これらの者は従前の名称を使用することはできないこととなつたのであるが、技術士制度の確立、技術士の権威と信用の保持のためには、できるだけ速かに従前の名称を使用している者がこれを使用しなくなることが望ましいのであるが、技術士法において従前使用されていた「技術士」という名称を同法上の名称と定めるを適当とした関係上、従前の使用者の立場(これをもつて商標権の如き無体財産権ということはできない。)を考慮して前記附則の定めがなされたものと考えられるのであつて、右附則に定めた従前の名称の使用期間は相当であり、従前の名称の使用者の権利を不当に侵害したものではないと考えられる。勿論これにより従前の名称使用者が技術士としての業務内容を有する職業を遂行することを妨げるものではないのである。

以上説示のとおりであつて、技術士法第三十九条が公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を保障する日本国憲法第二十二条第一項に違反するものとはいえないから、被控訴人国が技術士法を施行し、これに基いて技術士試験を実施したことは何ら違憲ではない。控訴人の主張は採用し難い。

(二)  技術士試験における試験委員斎藤美鶯の試験行為の不公正の有無の判定

昭和三十二年七月技術士法の施行に伴う第一回技術士試験において、控訴人が林業部門林産科目を受験したこと、右科目の試験は科学技術庁長官三木武夫から試験委具として任命された訴外斎藤美鶯外一名によつて実施されたこと、控訴人は右試験に不合格とされたこと、右試験の口頭試験の席上、試験委員斎藤美鶯が受験者たる控訴人と戦時中技術上の論争をしたことに触れたこと、以上の事実は当事者間に争がない。控訴人は右試験は事実上不存在であると主張するが、成立に争のない甲第二十五号証並びに原審証人斎藤美鶯、同平井信二の証言によれば控訴人に対する試験が実施されたことが明らかであり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

控訴人は、試験委員斎藤美鶯が控訴人との前記論争を根に持ち、その口頭試験の席上、右論争の事実を持ち出して控訴人と再び論争し、故意又は過失により、控訴人を興奮させてその能力を十分に発揮することを妨げ、しかもなお控訴人に対して不公正な採点をなした旨主張するが、原審における控訴本人の供述並びに成立に争のない甲第一号証中右主張に副うかの如き部分は原審証人斎藤美鶯、同平井信二の各証言と対照して措信し難く、他に右試験の施行が不公正に行なわれ、又は前記斎藤美鶯が公平なるべき試験委員としての立場を逸脱したものと認むべき証拠はない。却つて右各証人の証言並びに前記甲第二十五号証によれば、前記試験においては筆記試験並びに口頭試験がともに適正且つ公平に行なわれたのであつて、口頭試験の際嘗ての論争に触れたことが決して控訴人に不利益とはならず控訴人は右口頭試験において同試験の合格者と同点数をとつていることが認められる。従つて第一回技術士試験における試験委員斎藤美鶯が故意又は過失により控訴人に対して不公正な試験行為をなしたとの控訴人の主張は理由がない。

(三)  以上説示のとおりであるから、控訴人の本訴請求はその他の点につき判断を下すまでもなく、失当であるからこれを棄却すべく、右請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 堀田繁勝 野本泰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例